絵と音で紡ぐ映画のような物語、それが“Cing”である。物語の第1章となる楽曲は、アニメ『呪術廻戦』の劇伴やアイドルグループsora tob sakanaの音楽プロデュースで注目を集める照井順政が担当。現在まで2曲が配信中だ。
今回の特別インタビューでは3セクションに分けて、2曲目となる「動物たち」、そして“Cing”そのものを掘り下げていく。
まだまだミステリアスなヴェールに包まれている“Cing”。インタビューを読んで、 “Cing”の考察を楽しんでもらいたい。
──“Cing”のプロジェクトは映画のような導入が印象的です。元々はスタッフからの提案だったとのことですが、今回のプロジェクトのオファーをいただいたとき、照井さんとしてはどのような感触がありましたか。
照井:今回のコンセプトを最初に聞いたとき、このプロジェクトを考えた方は「映画をお好きな方なんだろうな」と思いました。物語性が強く、世界観がしっかりしているコンテンツの曲を作るのは得意なほうだと思っているので、まずは「参加させていただきやすいな」と思いました。あと、近未来の都市というテーマ性が自分の興味と合致していたので、やりがいもあるし、自分の強みも生かせるのではないかなと思いました。
──「今やるならどう新規性を持たせ、(他の作品との)差別化を図るか」と悩まれたそうですね。
照井:そうですね。近いコンセプトを持っている既存の作品の文脈は汲みつつ、自分の地金の部分をうまく掛け合わせて独自性を出したいと思っていました。具体的には、ミニマル音楽やポストロック、IDMの影響だったり。そういったところと、僕の好きなサイバーパンク作品のイメージとの融合という感じですね。
例えば、民族音楽のリズムや音色、音階を積極的に取り入れるのはサイバーパンクの文脈では確立されている方向性の一つだと思うんですけど、既存のものにはなかったもの……民族音楽的な無国籍感の中に、自分の色を融合させていくことで、新しい何かができないかなと思っていました。あと、Cingさんの歌唱の……ある種、J-POP感のある歌唱が良い異物感になって面白いバランスになっていると思っています。
──近未来というのは音楽とも繋がりやすいワードだと思いますが、照井さん自身、もともとそういったものや音楽がお好きだったのですか?
照井:近未来的な音楽というと、自分なんかはアナログシンセサイザーをメインにしたサウンドをイメージするのですが、そこにはそこまで影響を受けてはいないんです。どちらかというと、音楽以外の要素……例えば映画のサイバーパンク的なものだったり、ディストピアものだったりが好きでしたね。
──なるほど! 照井さんのバッググラウンドについて詳しくは後ほど、Part2のインタビューでも詳しくお伺いできればと思っています。先ほど歌唱についてのお話がありましたが、照井さんから本プロジェクトの歌唱について、なにかリクエストされていたんですか?
照井:いえ、全然そういったことはなくて。曲を作る前に歌唱資料をいただいたんですが、それを見ても、今まで僕が関わってきたアーティストの中で最もJ-POP感のある方だなと感じていまして、これは変に ディレクションするよりも、素の歌い方を活かした方が良い結果になるのではないかと思っていました。
──では1曲目『アイスクリーム/サイネージ』、2曲目『動物たち』の反響は、照井さんはどのように受け止められていますか。
照井:プロジェクトの最初の時点で聴いてくれる人は、普段からBeingさんに注目されている方や、これまで僕が携わってきたsora tob sakanaなどに興味を持っていた方が多くて。実際今もそういうリスナーの方が多いと思うんです。でも2曲出すことにとって、このプロジェクトの独自性を提示できたのではないかなと思っています。「違うものだけどこれはこれでいいよね」という意見も多く見かけるので、少しづつ手応えを感じられるようになりました。自分の音楽ではあるんですけど、今までやってきたこととは違う部分は入れていこうとチャレンジしているつもりです。逆に、今まで聴いてくださっている方から「こういうのを求めてるんじゃないんだよね」って言われてしまうんじゃないかなという恐怖はあったんですけど、ある程度は受け入れてもらえているなと。
──恐怖もあったというお話でしたが、新しいことにチャレンジするというのはやりがいでもありますよね。
照井:そうなんですよね。チャレンジングなことをさせていただけるというのはとてもありがたい環境だと思っています。というのも、僕は同じことをやることに対してモチベーションを見出すのが苦手なタイプで。むしろ、できないことばかりをやってたいというタイプなんですよ。「できることは別にできてるんだからやらなくても良いんじゃないか」という感じで。できないことばかりやろうとするから時間がかかるのが辛いところです…。
──「できないことだけをやっていたい」というのは昔からですか。
照井:昔からですね。自分のバンドのハイスイノナサでは、毎曲できないことをやっていくって感じなのでめちゃくちゃ時間がかかるんです。
──ハイスイノナサは前衛的なイメージがあります。
照井:そういう部分もあるかもしれません。だけど、今回の“Cing”だったり、sora tob sakanaだったりという作家活動の中には当然期限があるので、その中で最大限のクオリティを出さねばなりません。また、今までの作品を聴いてご依頼してくださる方がほとんどなので、「照井さんのあの曲みたいなサウンドを期待しています」という場合は、得意な部分を盛り込んでいくことも多々あります。“Cing”の場合は、いつもリファレンスを上げてくださるので、イメージがしやすくありがたいです。
▼『アイスクリーム/サイネージ』のイメージ資料
https://youtube.com/playlist?list=PL7XmCVnmsVRqE1nz80HVwkypzxB01VLc5
▼『動物たち』のイメージ資料
https://youtube.com/playlist?list=PL7XmCVnmsVRq3YuiJ7Jx67AvoJPO6di8H
──ここからは楽曲について詳しくおうかがいできればと思います。<それは遠く聴こえてくる>という言葉で結ばれた『アイスクリーム/サイネージ』。
<灰色のビルの裏側に 微かに聴こえる メロディ追いかける>ではじまる『動物たち』。この2曲のつながりを楽しまれている方も多いと思うのですが、どのようなイメージで『動物たち』は作られていったのでしょうか。
照井:三部作であることの意味は持たせたいなと。音楽性は一貫させつついろいろな表情を出していきたいなと思っていました。例えば、1曲目の『アイスクリーム/サイネージ』では全体の世界観を表現したいなと思っていて。広く世界観を包括するような曲というイメージだったんです。2曲目はある一部分を切り取ったような、音楽的にも限定的なものを描こうと考えていました。そういった意味では違いが出ているのかなと思っています。
──クールな雰囲気もあるんですけど、ものすごく生命力に溢れた曲だなと感じました。
照井:そう言っていただけると嬉しいですね。
──『動物たち』を作る上で意識されたことについて、もう少し詳しくおうかがいしてもいいですか?
照井:3分前後で終わる、すっきりとしたポップソングのフォーマットで作ろうと思っていました。というのも、Cingの楽曲には自分なりの文学性のようなものも乗っけたいなと思っていて。でもそうすると、めんどくさくなりがちというか(苦笑)。聴いている側にスッと入っていきづらくなっていくんですよね。
──ああ、なるほど。聴くのにも少しハードルが上がってしまうというか。
照井:そういうことになりがちだと思っていて。もちろん入り込んで聴いても楽しめる深みは持たせたいんですが、一方で、単純なエンタメとして、頭空っぽの状態でも楽しめるような曲にしたいなと思っていました。だからフォーマットはシンプルにした上で、その中での表現方法を一段掘り下げたいなという思いがありましたね。
それと、スタッフの方からいただいたワードの中に「自分探し」というものがありました。それをどう楽曲に反映させていくかを考えて。Cingが俯瞰して世界を見ることによって逆説的に自分が見えてくるって形の作り方をしていきたいなぁと思ったんです。だから今回の『動物たち』では街のいち風景を描いています。
──『動物たち』というタイトルは照井さんのアイデアだったんですか?
照井:そうですね。インパクトのあるタイトルにしたいなとは思っていて。3部作ということもあって、1曲目の『アイスクリーム/サイネージ』とかけて「/」を入れたつながりのあるタイトルにしても面白いかなと思っていたんですけど、結局良いアイデアが浮かばず。いろいろ考えた上で、一言『動物たち』というのが、パンチもあって良いんじゃないかなと思いました。
──人間も言ってしまえば動物で。この『動物たち』には、どのような意味が込められているのでしょうか。
照井:美しいものを大きく2つに分けるという考え方を結構良く使っていまして。ひとつは純粋なもの=動物的なもの。もうひとつは、矛盾をはらんでいるもの=人間的なもの。
動物的なものが美しいと感じる要因って、人間の赤ちゃんにも通じるものだと思うですけど、行為に対して余計な価値判断を挟まないことが一つ大きい部分だと思っていて。余計なことに悩んでいる人間からすると崇高なものに見えるんですよね。
でもそれって残酷さと表裏一体で。生きるために捕食したり、子供の場合は(相手が傷つくようなことを)嫌な事を無邪気に言ってしまったり。
──ああ、たしかに。でもそこに悪気はないというか。
照井:そうです。そういう前置きがあった上で、動物的な美しさを描きたいという思いがありました。それは同時に残酷な側面も描きたいという意味でもあって。そういった部分もきちんと描けているのかなと気にしながら作っていました。
──照井さんはその表裏一体の美しさというものに惹かれる?
照井:そうですね。人間は感情に振り回されながら右往左往している中で、動物にはブレない綺麗さがあると思っています。
──個人的に気になったのが<世界の台本を書き換える>という言葉についてです。さまざまな意味に受け取れるのですが、これは「運命は変えられる」というメッセージが込められているのでしょうか。
照井:固定化された意味をあまり持たせないようにしたいなと思っていて。でもひとつ言うとしたら……理性的な判断、理屈で積み重ねていっても辿り着きづらい場所に、直感だったり、ある種の飛躍だったりが入ることによって到達できる可能性があるっていうことを考えていました。例えば運命というものに対して「全部あらかじめ決まってるんだからしょうがないよね」っていう考えもあると思うんですけど、それに対して、あがくほうが楽しいような気もするんです。だからこの歌詞では、「(運命は)変えられる」って意味に寄っているような感じです。
──あくまで、受けとった人の答えがすべてというか。
照井:おっしゃるとおりです。決まった答えを出すことは目指していなくて。ある世界を提示して、その中をリスナーが生きてくれるというところを目指しているつもりです。それは他のプロジェクトもそうなんですけど。
──そういう意味でももともとの企画を出されたスタッフの方と照井さんの、美学、哲学が反映されているようにも感じます。照井さんは哲学はお好きですか。
照井:好きと言えるほどのレベルではないですが、興味はあります。自分はタイプで言えばそっちタイプの音楽家というか。あまり音楽を作りたくて音楽を作るタイプではなくて、考え、問題意識、表現したいことを音楽にしているというか。だからそういった部分は出てるのかなと思います。
生活の中で「これっておかしくね?」「こうなればいいのに」って思うことがあるんじゃないですか。そこが作曲の出発点になることが多いような気がしますね。「答えのないもの」を考えることが好きです。一つに結論に辿り着く問題はそこまで興味がないんです。
【インタビュー・文/逆井マリ】